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床鍋 臼が峰

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ページID:0000288掲載日:2016年2月29日更新印刷用ページを表示する

床鍋 臼が峰(昭和40年 建碑)志乎路(しをぢ)は、氷見から能登の羽咋へ通じた峠道。
源平の古戦場であり、江戸時代は御上使巡見の要路でもありました。

「志乎路から直越え来ればから」の歌は、家持が政務(出挙のため)でこの峠を通ったときに詠んだものです。

ルートとしては、小久米-床鍋-臼が峰-深谷-下石-志雄と考えられており、床鍋からのぼりつめた頂上近くに、自然石でできた歌碑(松村謙三筆)があります。

また標高270mの頂上には、流罪の旅の途中ここに至ったと伝えられる親鸞聖人の銅像が建っています。

万葉歌碑

【意味】
志乎路からまっすぐに山道を越えてくると、朝の羽咋の海はいかにも穏やかである。この海を漕ぎ渡って行く船や櫓があればいいのだが...。

天平のロマンをしのぶ《氷見の万葉歌碑等》

万葉歌碑

天平18年(746)から天平勝宝3年(751)までの5年間、越中国守として赴任した大伴家持は当時29歳から34歳の青年期。
その在任中に、数々の歌を詠んでおり、万葉集収録の4516首のうち約480首が家持の歌とされていますが、そのうちの224首が越中時代に詠まれた歌です。

また家持と家持をめぐる人々が越中をテーマとして詠んだ歌は95首ありますが、このうち氷見の地名にかかわる歌は32首にのぼります。
なかでも国府から近い「布勢の水海」や、英遠の浦、比美の江、多胡の浦、松田江の長浜などの美しい景観は、ことのほか気にいったようで、氷見の歌枕(歌に詠まれた名所)の多さが、それを物語っています。

現在、氷見市の各地には、その名残として18の"万葉関係碑"が建てられており、万葉の心を今に伝えています。

 

臼が峰への行き方:
 加越能バス 「床鍋口」下車 徒歩34分(約2700m ※山道につき急勾配)

床鍋 臼が峰:周辺マップ